それで中学校はとある関東の公立中に進学した。それ以降引っ越していない。
中学校では陸上部に入り、そこそこ運動が得意だった自分は、そこそこ入賞したりした。 彼女ができたりもした。 全員卒業までには別れてしまったが。
それから、となりの市にある公立高校の受験を受けることになり、必死で勉強し、なんとか合格した。
親から暴力や無視を受けていた俺は、あまり彼らを頼りたくなかったので…塾には行かなかった。
それでも頼らなければ生きていけないし、当時はそんな弱い自分が嫌だった。
始めはなかなか友達も出来なかったが、後に、友達が出来た。
野球部のうち何人かは、今でも付き合いがあるし、俺は彼らの心の強いところや、ノリがいいところ、本当に今でも大好きだ。
しんどい時追い詰められた時にノリの良さって本当救われるよなわかる
そんな中出会ったのが後の親友である。Aとする。
Aは目鼻立ちがくっきりしていて、少し背が高く、本当美形って感じの顔をしていた。
ただ、始めはバンドも違ったし、クラスも離れていたし、一年の間は絡むこともそんなになかった。
ちなみに彼はドラム、自分はギターだった。
お互い別々のバンドをしていたのだが、
俺のバンドのメンバーと、Aは知り合いだったらしくて、ある日こちらのバンドの練習中に、部室におじゃましてきた。
その時演奏していた曲はみんな知っているような昔のアニメの主題歌で、バンドメンバー+Aで、楽しく演奏して、歌いあっていた。
おそらく大体その時にAと俺は連絡先を交換したと思う。
だが、話してみると全然違って、自分と彼の相槌の打つタイミングがマッチしているというか…
といかく気を遣わずに一緒にいれるような仲だった。
学校では会うと話、休日には自転車で2~30キロ飛ばして別の街まで行ったり、
当時学生でお金も無かったから、ご飯も食わずに泊まりをしたりもした。
色々と無茶をした。
でも、そうやっても馬鹿笑いし合えるAとの日々が楽しかった。
大体そんな無茶をしていたのが夏休みあたりまで。
当時付き合ってる彼女がいたんだけど、休日は彼女と遊ぶかバイトをするか、Aと会うかのどれかだった。
Aは話し口調や性格がとても落ち着いていて、 聞くところによると、それは彼の母親ゆずりだそうだ。
ちなみに彼はこの時、両親と、3歳くらい年下の妹と暮らしていたそうだ。
夜な夜な騒いだり、好きな人の話をしたりしていた。
あの時は親御さんに迷惑かけてしまった…本当に申し訳ないです…
また彼のお父さんがとても優しくて、俺が始めてお邪魔させてもらった日のご馳走にカレーを作ってくれてたんだけどこれがまた本当に、肉や野菜に味が染み込んでて美味しかったなあ
で、夏のライブの頃には待ち時間2人で話して、お互いの批評をしあったりした。
高校生の校内ライブと言っても、同じ部活内の後輩や同期、それからその他の部活の人たちで、練習が早く終わった人たちがみに来てくれるくらいだった。
でもそれが本当に嬉しかった。
来てくれたら来てくれたで、本当に色んなバンドの演奏を盛り上げてくれた。
俺自身も、同期のバンドが本当に上手で、楽しかったので、ライブが楽しみだった。例外なく彼らは自身のバンドの時も盛り上げてくれた。
そんな時、最前列にいて、いつも盛り上げてくれたのがAだった。
ギターソロのとき、汚い歪みを効かせていたのにも関わらず、
うおーーとか、いって
一番目の前でいつも盛り上げてくれてた。
放課後、部室を使えるのは基本的に一バンドにつき週に一回。
従ってそれ以外の日の放課後は、暇になる。 当時俺は週に三回くらいのペースでバイトをしていたが
それ以外の日は、教室で残って、みんなで音楽を流して語ったり、楽器を演奏しあったりして、
最終下校時刻が過ぎてしまって、見回りの人に怒られたこともあったなあ…
Aもそこにいた。 放課後はそうやって過ごしていた
今、どんなにお金持ちになっても
高校生活だけは…あの時間だけは買えないんだな。
つづけます
だから、月に一回くらいのペースで、繁華街に向かっていた。秋葉原とか、新宿とか、渋谷とか…原宿もいったなあ。
彼は見た目は少し今風の高校生って感じだったけど、プラモデルとかアニメとかが好きで、だからその度にそういうものも買った。
それで12月の半ばごろ…2人で上野で服を見た。
このコートならいいんじゃない?とか、
これデートできていけよとか
そんな会話をしてた。
そしてそのまま秋葉原まで歩いて行こうかってことになった。
あいつそれ買って やったぜ‼︎とかいってた。 そういう時だけテンション上がるんだよあいつ
二人とも特大サイズってか、そんな感じのを食べたんだけど、俺が食い切れなかった。そしたらAが
「食べてやろうか?」とか言うから…
Aは結構細身で、若干華奢なんだけど、あいつは自分のをたいらげたあとに、半分くらい残した俺の分のカレーをたいらげた。
食べ終わって外に出た。
やっぱり冬だった。 そのあとマ◯クに行って、2人でお互いジュースだけで2,3時間はねばったかな…
色んな話をしたな。
その頃にはもう俺にとってはかけがえのない存在になっていた。
その頃には思い出がたくさんあった。
やっと仲良くなった。 やっとここまで仲良くなった。 来年からはもっと思い出もできるんだろうな。
そう思ってた。
俺が昼休みのころだ。
なんでこんな時間に?と思った。
電話口で、彼の嗚咽が聞こえた。
突然だった。
急に無口になったり、
別の考え事をしてるような顔をしたり、
それから、彼とひとつ授業がかぶっていたんだが、あるとき、少し離れた彼のほうをふと向くと、 彼は泣いていた。夏明けたくらいの時のことだった。
実はその時から彼の母親は末期の癌だったということを、俺はこの時の電話で始めて聞いた。
当然、忌引きということで彼は一週間程休みをとることになった。
当然学校には来なかった。
それから、運命の時はくる。
あの電話から三日目の晩まで、俺は心配で心配で…メールや電話をした。
Aからメールをしてくるくせに、あいつ人に心配させないようにするから全然違う話題ふってくるんだよ…
本当に… そんな時でも心が優しいやつだった。
三日目の晩は、俺のメールで終わった。
向こうの寝落ちだろうと…そう思った。
別に返信してくれなくても良かった。
みてるから
つづけますね
だが、四日目は違った。 何もかえってこない。
ただあいつの身が心配だった。
いつも、周りには愚痴なんてこぼさないで、 優しい笑顔で接していて…
だからこそ彼の心が折れた時を想像するのは…ある意味容易だった
頑張れよー
昼休み…返信こない。
帰りのホームルーム…まだ来ない。
俺は当時自転車通学で片道45分かかった。
一度家まで帰ってから、あいつに電話をしようと決めた。
本当は、この時すでに気が気じゃなかった。 母親譲りの彼のこと。自らの命を… 絶つ理由は、いくらでもあった。
ついてから、彼の携帯番号を探し、
ボタンを押した。
何回かのコールの後…Aは電話に出た
簡単に崩れた。
俺「もしもし…A?」
A「ええっと…失礼ですがどちら様ですか?」
この時点でショックで電話を切ってしまった。
なんでだよ…ほんの昨日の晩まで電話もしてたじゃんかよ… 少なからずお前から笑い話ふってきたりしてたじゃんかよ…
先週秋葉原いったときに、<また今度もっかい行くか>って話したじゃんかよ…
なんだよ今の…なんだよ「失礼しますが」って…
俺は、ショックと、何故かわからない悔しさで、その時何も出来なかった。ただただ佇んでいるだけだった
俺はまだ当時ガラケーだったから、一度開かないと発信先が見れなかった。
開いた。当時の彼女だった。
混乱したまま、返信を打った。 たわいもない内容だったはずだ。
その…送信を、押した直後にすぐに着信が着た。 着信拒否されたのかなと思ったら、 宛名はAだった。
と。このようなことが書かれていた
返信をした。 たくさん説明した。しかし、僕のことは覚えていないと。
残った父親と妹さんのことも忘れたと。
そして…亡くなってしまった母親がいるという事実だけは知っているが、母親との記憶もないそうだ
しかし、彼は学校には来なかった。
身の回りのことが真新しかったそうだ。
彼は後に、思い出せない辛さと、周りからのプレッシャーがあるその期間がとても苦痛だったと言っている。
携帯の操作、日本語、食べる寝るなど基本的な事は覚えていたし、人間的だったが、
それ以外は何も覚えてなかった。
もう一度、初めから友達になろうと思った。
<A‼︎今どんな感じ? また何かあったら連絡ちょうだいよ‼︎ あと、いるものとかあったらもっていくから‼︎ 俺のこと知らないと思うけど、 何でも頼ってくれていいからね‼︎ いつでも返事まってるよ>
<わかりました。 よくわからないけど、君がいい奴で、昔仲良くしてたのは分かったから。 とりあえず来週くらいには学校いくよ>
と。
来週、Aは学校に来なかった
急かしたくなかったけど、
死んでしまってるかもしれないということを考えると…本当にいつも気が気じゃなかった…
それに、当時こんなにも彼と連絡をとっていたのも、当然のごとく俺だった
ちょっとこれなそう?
と送る。
返事が来た。 彼は、学校までの道を忘れたと。
まず家の外の風景を忘れたので、どうしていいのかわからなかったと。
そして、最寄り駅まで父親に連れていってもらったそうだ。しかし電車にのった途端…パニックになってしまったらしい。暴れてしまったと。
だから病院にこれから通うと。
わかったよ~‼︎ また少ししたら連絡するよ~‼︎なんて返信したけど…
本当は…寂しかった。
昨日までの親友が…消えたのだから
結果は予想していた通り
母親を失ったショックによる記憶喪失だと。
三ヶ月くらいで、たぶん治るみたい~とか言っていた。 彼は他人行儀だったけど、この頃には少し友達らしい口調を使ってくれていた。
ただ、母親と共に、記憶も一気に失うなんてと。
あいつ何か悪いことしたかよ…なんであんなに追い詰められなきゃいけないんだよ…人の悪口も言わないし、勉強だって頑張ってるし…みんなと、仲良くしてたのに…なんでだよ。
泣きながら電話口で叫んだ
彼に…こんならどうしようもないことを叫んだ
うんうん、聞いてくれていた。優しいんだよね
<学校に行けないなら、毎朝俺がそっちまで迎えにいくから‼︎ またこようと思えるならいつでも、そのときは言って‼︎ それから… もう一度親友になろう… ならせてくれ…どこまでも支えるから。>と。
それからの三ヶ月は少しずつ仲良くなるものの、一度も学校に来なかった。かつての彼らの友達は、もうすぐ、三年生だ
少しずつ学校に行こうと思う。と
ただ、学校というものに興味を持ったらしい。
父親ともそのころ話せるようになっていたみたいで… それもあってか、ひさびさの来校は次の週の何曜日かの放課後ということになった。
そして彼は来た。
部室に連れて行った。彼は、部屋にこもっていた間、部屋の中を漁っていたようだが、その時ドラムのスティックがでてきたようだった。はじめは何かわからなかったようだが、まるでかつての感覚を思い出すかのように、同じフォームで…
その時ドラムを叩いた。
こみ上げるものを抑えられなかった。
記憶は無くても、昔の彼が残っているということに…
それからも週に一度か二度、学校にくることになった。
そしてそんな生活が二ヶ月程続いてある日…彼から電話が来た。
「あのさ、何か、◯◯(俺のことです)っていう奴がいたってこと…なんとなく思い出したんだよ。あの、ギター弾いてた楽しそうなやつだろ?… 記憶を思い出そうとしても、みんなの体から上が思い出せないから、思い出と顔が一致しないんだ。すごいもやもやするんだ。
でも、それでもお前のこと…お前の顔は思い出せないけど…昔、お前のバンドの練習中に部室にいって…一緒にあのアニメの歌、歌ったの覚えてるよ。
たくさん記憶が…今繋がったよ。
お前…本当
ありがとな。」
あんなにたくさんの思い出。
二度と手に入らない思い出…俺の青春…
一晩で消えてしまった青春…
もう再構築するしかないと思ったこの友情
それを…
かつての思い出から…掘り起こすことが出来た。
「また、秋葉原、行こうな」
それが救われたと思えた。
そして…また去年と同じ秋にライブがあった。
自分のバンドの出番になる。
ギターソロを弾く。
その時、俺の目の前には、
去年と同じように
Aは知り合いの会社へ就職しました。
彼には受験期には逆に励ましてもらうことになりました。
本当に二次試験の直前なんて何度電話で励ましてもらったことか…
彼も彼で、仕事の関係で関東の別の県へ引っ越すことが決まりました。
彼にだけ伝えました。
「俺の親友についてスレ立てた」と。
「なんでそれを俺に言うんだよwwwROMるわ」
「長かったな…ここまで」
「いや…全部お前のおかげだよ…空っぽになってもずっと、友達ヅラして付き添ってくれた…俺の親友のおかげだよ」
ありがとうございました。
何か質問あったら受け付けます
親友くんは記憶どの程度戻ったの?
父親と母親に関しての記憶が半分くらいと、僕に関しての記憶が八割戻ったみたいです 顔が一致してないみたいですけどwww
なるほど
家族より記憶戻ってるのかww
いい仲だね
①Aの妹
②当時の彼女
③Aの面白い話
親友を大切にね!
なんか画面から流れてくる歌に合わせて歌ったり「きゃーーかわいーーいいいひ」とかいってて…
でも可愛いんですよね…B~Cカップくらいあるし。
ただ、彼女は母親を失った悲しみの中、兄(A)を支えつづけていたみたいで…
そんななか彼女もここ最近学校に通い出したみたいです。
本当に元気になって欲しいです。
いいスタイルだったなあ
文化祭では一緒にまわったり、
同棲する話まで出ていました。
ですが、当時自分が不安を前面に出してしまい彼女に当たってしまいました。
一年半ほどで別れてしまいました。
今は…学校で何か学んでるみたいです。
応援してます
高校三年生の学校復帰後の体育の授業でバスケの授業があったみたいで、彼は点数とりまくる大活躍でした。
彼のことを好きな女の子もたくさんいたのですが、彼自身女性に対しては淡白だったので、結局誰ともつきあってないみたいですね 硬派なんだか
今周りにいる友人や仲間がいたら…
少しでいいので、
ぜひ後悔しないように…
接してあげてください‼︎
では、みなさんありがとうございました
……て思ったらなんか綺麗ないい話だった
泣けたわ!ええ話や…