自分語りはじめます。
俺は小学生の時、歯を磨くことに命をかけていた。
どうしてかというと、年に一度、学校で歯が綺麗な人が表彰されるみたいなイベントがあったから。
すげー単純だが、他になんの取り柄もない俺はそれでもらえる表彰状を手にいれて親に褒めて欲しくて、一年必死に頑張った。
そして、「俺くんよりも、上級生の子のほうが歯並びが綺麗だったから」と言われた。
ショックだった。歯並びの優劣なんて、いくら歯を磨いても意味がないじゃん!ってむせび泣いた。
歯科矯正など受けた日には、同級生から入れ歯入れ歯といじめられるに決まっている。
絶望した俺は努力するのをやめた。
口を開けて笑う事すらも気にするようになると、段々と表情もかたくなっていった。
いつしか、いつも下をむいて口元が見えないようにするようになった。
下をむいていると、気持ちも下を向くのか、小学校途中までの明るい性格は何処へやら、暗い内向的な性格へとなり、やがていじめの的になった。
勿論、また不登校。単位が足りなくて、留年しそうになった。
この件に関しては、今でも両親に感謝している。
何とかギリギリ高卒という肩書きを持った俺だったが、協調性のかけらも無い自分が社会に出れるわけもない。
ニート人生のはじまりだった。
この頃になると、歯を磨く事なんて全くしなくなっていた。
こんな生活を、五年くらい続けた。
「ふう、昨日より少し値上がっているか…」
などと独り言をブヒブヒ言い、日課が終わった俺は適当にサイト内を徘徊した。
そして、電動歯ブラシコーナーのランキングに入っている、こいつをみつけた。
ドルツのジェットウォッシャー。
なんだか切ない
要するに、汚いものがドッサリ取れるとか、スッキリするとか、そういうのに弱い。
ジェットウォッシャーのレビューをググりまくり、興味をそそられた俺はいつの間にかこいつをポチっていた。
スイッチを入れて口内を洗う。
痛い。
しかし、尋常じゃなく取れる。
痛い。
血がでる。
しかし、尋常じゃなく取れる。
血がでる。
全てが終わったあと、久しぶりに「口がスッキリとする感」を味わうことができた。
そして、その効果に感動した。
栓を外して流れる汚物をニヤニヤ眺めていたが、ふと、久しぶりに「歯磨き」をしたくなった。
カーチャンに買ってきて貰おうと思ったが、どうやら居ないようだった。
外はうっすら曇っていて、久しぶりに外へ出るならこんな日がいいのかもしれないと思い、歩いて数分の薬局までスウェットのまま買い物にいった。
笑われる事もなく、無事に買い物を済ませて早速歯磨きの準備をする。
準備している間、クリスマスプレゼントで買ってもらったゲームをその場で開けて大喜びした事と、買ってすぐ開けてワクワクしている今を重ねて、何だか切なくなった。
「どうしてこうなったんだろうなー」
なんて思いながら、歯磨きを始めた。
歯だけがやたら綺麗で、違和感を感じた。
無精髭をそってみたり、風呂に入ったりした。
気づけば、妙に心も体もサッパリとしていた。
勢いでもらったものの、散髪なんてカーチャン床屋でしかここ数年やってもらってないし、何きていけばいいかわからんし、怖いし、早まったと思った。
じゃあ、いついくの?
今でしょ!?
ってな感じの葛藤を繰り広げ、結局は一張羅のスウェットで、また街に出た。
なんかすげー処置の時間が短くて、安いとのこと。
意を決して中に入り、散髪してもらった。
鏡の向こうの自分が、あまりに見違えるようで、ポカンとした。
なんか疲れたので、その日は家に帰って、飯食って糞して寝た。
昨日ほどじゃないが、口の中がすっきりとした。
歯を磨いた。
歯の表面がツルツルになった。
気分が良くなったので、たまには郵便受けに入ってる新聞をトーチャンに持ってってやるかーと思い、外に出た。
この五年間では考えられないような出来事である。
郵便受けから新聞を取り出すと、たまたま俺の荷物を届けにきた配達員がきた。
どーもーなんてやり取りをして、サインをして、荷物を受け取った。
配達員が帰った。
俺は気づいた。
前を見て、歯をむき出しにして、笑いながら、配達員と喋っていた。
俺は新聞をにぎりしめたまま部屋までダッシュした。
ベッドの中で丸まって、大の大人の癖に咽び泣いた。
思えば、トーチャンの顔なんて久しぶりに見た。
トーチャンは、何事もないかのように、ふつーに新聞紙を受け取りながら「サッパリしたなー」なんて言って、煙草をふかしてた。
また泣きそうになったけど我慢した。
どうせベースがいいんだろとか思ってしまう俺は根っからの負け組み
どうぞ続けて
五年も引きこもってた癖に、今更ハロワ行くとか恥ずかしくて言えなかった。
トーチャンカーチャンがデートに行ったのを車の発進音で確信した俺は、ハロワまでチャリを飛ばした。スウェットで。
気づかないだけで
土方なんてモヤシの俺には無理だし、営業も無理。やだ。いきなりレベル高すぎ。
警備員とか自宅守るので精一杯。
コールセンターなんてどもってしまって話しにならない。
介護なんて、介護されてた身なのに人の介護なんて出来るわけねー。
事務ならまだいいけど、男の事務なんて少ないし、要経験ばかりだし、WordExcelなんて触った事もねーよ。
工場?一日中座ってた俺が立って居られるとでも?そういう身体の作りしてないから無理(爆笑)
IT?ネトゲの技使うのと入力スピード競うのとググるのは得意です!C言語?何それ?
社会復帰の道はとおかった。
ふとみた掲示物に目がいった。
職業訓練の募集の掲示物だった。
三ヶ月間の短期間で、WordExcelPowerPoint、XHTMLが学べるらしい。
受講料は勿論タダ。
条件さえあえば、給付金も貰える。
三ヶ月の短期間なら、例え人間関係悪くても耐えられるかもしれない。
それに、協調性を育てるのにいい機会かも?
どの職につくにしろ、WordExcelは使えたほうがいいかも…
気づいたらおれは応募用紙を記入していた。
合格祝いに新しいスウェットも買った。
朝決まった時間にちゃんと起きて、ジェットウォッシャーして、訓練いって、帰って飯食って…ジェットウォッシャーして…
生活のサイクルが出来て、定期的に外にでるようになったら段々と世界が色づいてきた。
小さい頃の自分が戻ってきたようだった。
明るく、笑って訓練の同級生と喋れるようになっていた。
勿論合格した。
家に認定証が届いた。
賞状の形をしていた。
俺が欲しかったのはこの賞状じゃなかったけど、十数年たってようやく手に入れる事が出来た。
俺はまた泣いた。
不覚にも居間で泣いたもんだから、カーチャンも一緒になって泣いた。
やっと褒めてもらえた。
俺はまた自分が逃げ出さないように、あえてカーチャンに借金をした。
車の免許をとるために。
毎月、二万カーチャンに返す約束をした。
返すからには働かねばならない。
車の免許合宿から帰ると、怒涛の就職活動が始まった。
「さて、これから歯磨いて寝るわ!見てくれてありがとな!」とかでしめてよお!
良かったながんばれよ!
携帯のアドレス帳、件数増えたの嬉しかったなぁ…。
スウェットからスーツに着替え、西へ東へ面接しまくった。
全部落ちた。
萎えた。
もう、コンビニでバイトでもしよっかなーしんどいなー。ニートよりフリーターのが何倍も何千倍もマシだしなー。いきなり正社員様になろうってのがおこがましいよなー。
なんて思いながら、求人サイトをみていた。
ケルヒャーか何かかなと思った
ふつーの派遣と違うの?はて?
リンク先にとんで、よく概要を見てみた。
どうやら、派遣として務め、その後経過がよければ契約か正社に格上げしてもらえるというシステムらしい。
派遣してもらうにあたり、派遣会社に登録が必要らしい。
軽い気持ちで登録してみた。
派遣会社でも軽い面接と能力検査があるらしく、俺は他の会社の面接の帰りに、派遣会社によってそれを受けることにした。
面接もジェットウォッシャーで以前の輝きを取り戻した歯のお陰で自信を持って受けることが出来た。
この時、派遣会社の人も会社に一緒についてきてくれる。
会社にいくまえ、面接の対策とかポイントを教えてもらえた。他に質問は?と聞かれて、聞くような質問がなかったら、取り敢えず◯◯について質問しておきましょう。みたいな。
派遣会社の人に会社の人を紹介してもらい、いざ面接へ。
派遣会社の人が俺のプラスになる事をズバズバ言ってくれる。頼もしい。
俺は気の利いた事一つ言えず、いつの間にか面接は終わっていた。
泣いた。
家族全員で泣いた。
こんなに、数ヶ月のうちに泣いた事があっただろうか。
訓練校の先生に電話した。
心配してくれていた、合宿で出来た友人たちに連絡をした。
俺は、はじめて、社会に出る事になった。
最初は通えるか?と心配だったけれど、訓練校で培った生活リズムの改善が役にたった。
こんなとこまで訓練されていたとは。
正社員になったら、合宿で知り合った女の子に告白するって決めていた。
で、今日返事がきた。
付き合ってくれるって。
本当に人生が、かわった。
ジェットウォッシャーありがとう。
今後もよろしく。
本当に、こんな進研ゼミの漫画みたいなことあるんだなーなんて思った。
おしまい。